「Web STRATEGY」Vol.9 巻頭インタビュー

 

  Photo : 平野太呂    

                                
「ウェブがキャンペーンの中心」になった時代に
 ジャストフィットするクリエイティブ・エージェンシー=GT INC」



 2007年3月、第5回 東京インタラクティブ・アド・アワードのグランプリが、株式会社ナイキジャパンの「Nike Cosplay(インテグレーテッドキャンペーン)」に決まった。ベストクリエイター賞は伊藤直樹。One Showサイバー部門グランプリは、マイクロソフト社Xboxキャンペーンサイト「Big Shadow」に与えられた。これらを制作したのがGT INC(以下、GT)であり、彼らのクリエイティブが、インタラクティブ・コミュニケーションの新しい地平を切り開きながら、各種賞獲りレースの上位に名前を連ねていくことになりそうだ。



 ワンスカイからGTへ

 GTの前身は、2001年に設立されたワンスカイで、これはGTの発足によって、名称はそのままでCMプランナー福里真一の個人事務所となる形で残った。ワンスカイ代表だった田中徹、内山光司、花井智に伊藤直樹が加わり、GTとして2006年に再出発した(プロデューサー工藤靖久も後に入社)。ワンスカイからGTへの移行は、組織改編的なマイナーチェンジではなく、そこには大きな意味的差異がある。ワンスカイからGTへ。その引き継いだものと、異なる部分を見ることで、彼らの可能性が解ってくる。

 ワンスカイのネーミングは、地上は国境によって区別されているが、空はひとつである、という事に由来する。「広告」が持っているアイテムは、SPツール、グラフィック表現、TVCM、ウェブサイトなどに分かれているが、自分たちはそれをつなげて、広告コミュニケーションの全体を一元的にカバーするということでもある。この点は、GTも継承している。また文字通り、海を越えて国内外のあらゆる代理店やクリエーターたちとシームレスにつながっていく制作・受注形態も彼らの視野の中に入っている。

 では異なっている点はどこなのか。ワンスカイ時代は、社内でTVCMやネット上の展開も含めた広告キャンペーン全体をディレクションできる体制になっていたが、それはTVCMチームとネット系チームに分かれた形でアイデアを出しあい、それをプレゼンテーション前に合体させるという方式だった。それがGTになると、TVCMもメディアのひとつという位置づけになり、「テレビCMを削って、その分を違ったメディア展開に充当しましょう」というメディアプランの提案も可能になっている。「ウェブ2.0」時代に顕在化したデジタルなインタラクティブ・コミュニケーションの広がりの全体を見渡し、その中にキャンペーンを効果的に立ち上げ、確定できるようになった。ここは大きな違いである。
 

 水平方向に横並びするメディアを橋渡す


 こうしたGTの特徴は、内山と伊藤の経歴の重なりが生み出しているものでもある。内山と伊藤は共に大手広告代理店にいた。内山はPR局で映画製作、コンサート、イベントなどを幅広く経験した後で、CD-ROMやデジタル映像の制作から、ウェブサイトやインタラクティブの世界に入っていった。伊藤はプロモーションを振り出しに、インタラクティブ、アカウントを経て、クリエイティブに転局した。大手広告代理店という風上的ポジションと、そこから見える全体像、関われる領域の広さを共通の強みとして持っている。さらに彼らがグラフィックやTVCMという正統的な広告キャンペーンの構造の外にいたことが、今のフラットなメディア社会の特性に適応し、機能することになっている。

 広告キャンペーンは、生活者との接点を網羅しようとするが、今まではテレビ・新聞・雑誌・ラジオといったマス媒体の到達度の高さが主力になっていた。それがデジタル化した社会のメディアの変化で、落下傘部隊的に上から降り注ぐようなマス広告よりも水平方向に移動するネット系のメディア特性の方が生活者の生活実態に適応するようになった。内山と伊藤は、この理解と経歴が共通している。TVCM、屋外広告、販売促進、ウェブサイト、携帯サイト、リアルイベントなどを横一列に並べてとらえ、与件に対する最適な組み合わせと優先順位を考察し、全体を組み上げていく。

 だから伊藤のアイデアは、そうしたバックグラウンドを持っている者でないと、すぐに全体を理解することが難しい。しかし内山とならば、補足説明をすることもなく、伊藤の発想の核部分、そこからの展開、重要なポイント、クリアしなければならない懸案事項などが瞬時に共有される。伊藤はこの説得部分にこれまで多くの時間と労力を割いてきた。それが今、企画を説明したその場で、社としての上司がGOサインを出し、企画の骨子が固まる環境になった。「XboxのBIG SHADOWプロジェクト」でも、内山が伊藤に作業内容の概略を説明して、両者の間で全体構想が固まるまで、約30分だったという。
 

 足踏み状態の現状を突破する
 
 内山は今の広告業界の現状を「次のステップに進めそうで進めない、踊り場にとまって足踏みをしているような状態だ」という。生活者の現実が、すでに変わってきているのに、それに企業も大手広告代理店も対応しきれていないため、突破できずにいる。伊藤もこう指摘する。「日本のメディア状況は、海外の先進国に比べて数年遅れている。まだテレビCMがメインで、その他のすべてがサブ・メディア化しています。テレビCMが中心であり、キャンペーンを主導する形が残っていますが、これは今後変化するでしょう。海外ではもうキャンペーンの核にTVCMがないケースがいくつも現れ、成功事例となっている。日本ではまだそのキャンペーン事例がなかった。だからなるべく早くそれを形にしてみたいと思っていました」。この伊藤の意図に反応できる企業はそれほど多くはない。ネットの世界で多くの実績を積み、先端部分に立っていたナイキがバイラルキャンペーンを試すというクリエイティブの方向性を出し、それに伊藤が答える形で「Nike Cosplay」が世に出現した。


 ネットで閉じられた制約を超えて

 内山や伊藤が、ネットの側にいるということは、発想のアウトプットにおいてネット比率が高くなることを意味しない。むしろ直接的な身体性や、人が持っている過去の記憶、あるいは突発的な出来事との遭遇(ハプニング的なもの)の重大さの方を見つめている。

 「Nike Cosplay」も秋葉原を舞台にする「鈴木さん」の自己変革の物語だったし、BIG SHADOWの発想の源も、モニター外部の現実世界(Out of home)で起る事件の威力をネット・コンテンツに持ち込むことだった。それは「モニター画面のサイズ的な制約を打ち破りたいという衝動でもあったのです」と伊藤は言う。どうやってもPCはサイズとしては屋外広告に勝てない。そこで渋谷の道玄坂プライムの壁面に影を投影することで、リアルで起きている事柄をネット・コンテンツに直結させ、出来事の巨大さとして屋外広告を凌駕するものにした。


 共同幻想と認知科学

 インタビューの中で、彼らに「読書経験」について聞いた。これまで呼んだ本の中で印象的だったものは?の問いに伊藤は、吉本隆明の『共同幻想論』を挙げた。「この本は、広告の構造にもあてはまる内容を持っていて刺激的でした」。内山は認知科学の書籍について語り、物事が記憶されるメカニズムとして、「リハーサル」理論に注目していると語った。短期記憶が繰り返され、軽い比重を持った行為として予行演習される。それが積み重なって長期記憶になる(企業にとってみればブランドの構築にあたるようなこと)。GTのデジタル・クリエーションの彼方に拡がる「共同幻想」と「認知科学」。

 従来の広告では、テレビを見ることが、マスのボリュームで消費者と共有していたメディア特性でもあった。しかしそれが変化してきている。テレビがない家(部屋)にPCだけがある。自宅の電話がなく携帯電話だけを持っている。消費者の興味関心は粒子のように分化・分散され、その間を生活者たちはブラウン運動のように動いている。その動き自体がメディア化する現在。GTが見つめているのは、その事実と実体であり、彼らが提案するプランと具体案は、そこに向かって収束し、かつ拡がっていく。