原田芳雄   

  Photo : ワタナベ/カズヒロ

 原田芳雄さん。自分にとって原田さんは、まずあの『ツィゴイネルワイゼン』の砂原役である。ちょうど取材の頃、鈴木清順監督の三部作(『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』『夢二』)のリバイバル上映があり、そのブックレットに原田さんのインタビューが載っていた。彼はそこで、「『ツィゴイネルワイゼン』以降の10年間の記憶がない。何もおぼえていない」と語っていた。しかし彼の年譜を見ると、その後もコンスタントに映画には出続けている。これはどういうことなのか?

 原田さんのご自宅で行われたインタビューでそのことを聞いてみた。すると彼は、「確かに出演していて、カメラの前で演技を行っているのでしょうが、当人にはその記憶がないんです。ノックアウトパンチを食らって、もうふらふらになっているボクサーが、それでもリングに立っていて、ボクシングをやっているようなものです。それが10年間ほど続きました」と語った。

 自分もちょうど、ある出来事があり、その間の1年間の記憶がまったくなかったという経験をした。確かに忙しく作業はしているのだが、それらがまったく記憶に残っていなかった。これはどういうことなのだろう、と思っていた矢先の彼の発言だったので、(やはりそういうことは起こるんだな)と納得した覚えがある。知り合いの映画監督にこの話をしたら、「僕にもそういう経験がありますよ。5年間くらい、そういう状況は続きました」と言っていた。この雑誌(『QRANK Vol.4』)の発行年月日を見ると、2003年8月となっている。自分はこの頃から、記憶をなくしたことからの脱却を目指して、あがきだし、次の動きへと入っていった。