灘本唯人氏 

インタビュー原稿 冒頭部分

 

そればかりやっていることの迫力


渋谷区千駄ケ谷。明治通りから少し入ったところに灘本氏の自宅(+作業場+事務所)が入っているマンションがある。見上げると青々とした茂った蔦が印象的だ。灘本オフィスは最上階にある。マンションの玄関を入ると、師の恩人でもある早川良雄氏のオリジナル絵画が、飾られていた。最初に仕事場を見せていただいた。今までのイラストレーション作品をまとめた作品集の出版を構想中で、ジャンルごとに自分の作品をまとめ、セレクトしていた。インタビューはその隣の応接室で行われた。白いローテーブルにゆったりとしたソファー。テーブルの上には4つの鉛筆立てがあり、それぞれに色鉛筆が無造作に入れられている。


--この色鉛筆は、どこか特定の銘柄のものですか。
「ぼくは絵の具や鉛筆などの画材にご贔屓はありません。リキテックスはもらったものをそのまま使っているだけ。神経質にこだわらない性質です。イラストだって、そこらのメモ用紙にさらっと描いたものの出来がもしよければ、完成作品として担当者に渡します。要は面白ければいい。過程はどうでもいいと思います」


--やはり色々な画集などが並んでいますが、参考にされますか。
「アイデアソースはいろんな画集や本です。家の中の収納スペースはみんな本ですね。入りきらなくて外に出ていますが、大作家の絵や、人気作家の作品も刺激的でいいですけども、参考になるのは子供が描いた絵や、精神的に障害のある方の描いた絵です。玄関口に飾ってあるのもそういう一枚です。(と立ち上がって、額を外して持ってきてくれる)。とてもいい線でしょう。色彩がなかったから、僕が二ケ所だけ色を付けました」
--この二ケ所の色付けで、絵全体がぐっと華やいで見えます。

今、身近に見られる灘本さんのイラストレーションは、細木数子さんの六占星術本の表紙でしょうか。
「そうですね。彼女と私は同じ土星人なんです(笑)。細木さんはそのへんをちゃんと占って、この人だったらうまくいくと、僕を選んでくれたようです。もう二十年以上のお付き合いになります」


--灘本さんといえば現代の美人画描きとして有名です。小説家田辺聖子さん、佐藤愛子さんらの装丁にイラストが数多く使われました。
「フリーになった時に、女の絵が描けたら食いっぱぐれないだろうと思いました。それがいつのまにかトレードマークになってしまいました。何かひとつのものを、ずっとやり続けることは重要なことだと思いますよ。たとえマンネリズムだといわれても、それが人への説得力になっていく。
若い人の作品を見ていると、作風が定着する前に、どこか違う方向へ移っていってしまう人がいます。いい方に変化発展していけばいいのだけれど、自分の表現世界の中で楽しんでいる人や、描くテーマが変わったら今まで持っていたものを見失ってしまう人がいます。何か違うことをやりたくなる気持ちは解りますが、そこをじっとこらえてひとつの世界を持続させていかないと、いつか迷い道に入ってしまいます。僕は色々描いているようですが、軸は人物です。女性を描いてから、男性を描くようになり、時代劇を描けるようになりました。あっちもこっちもじゃないんです」

--やはり人間に還っていくと。
「そうです。だって僕ら人間ですから。人間のドラマが人生です。そこには深い業がありますよね。業が描けてこそ人間が描けるようになるのだと思います」

--どうしたらその業を描けるようになるのでしょうか。
「こよなく人間を愛しながら、なおかつ客観的に見るんです。それが自分の線になっていく。こういった言い方は少し抽象的かもしれませんが、他人の業を見ながら、自分を見つけだしていく営みとでもいいましょうか。それが線となって表れ出てくる。それに対して色の好みは生まれついたものなんです。この好みは変わりません。どんなに膨大な種類の色見本があったって、使う色は決まっていますでしょう。線のタッチや作風は変わったとしても、色は本当に変わりませんね」