西田幸司氏 ウェブデザイナー

雑誌「Webデザインノート」テキスト冒頭部分

 

小学校のらくがき帳


 西田幸司の溝ノ口の仕事場にあるラックには、DVD、CD、書籍などが収められ、宮沢賢治、三好達治、中原中也の詩集が並ぶ。西田は中也詩集を手に取り「ひとつのメルヘン」の頁を開いた。小石が並ぶ河原。「さらさら」と日が差し、1羽の蝶が小石に留まる。蝶がいなくなっているのに気づいた瞬間、川は流れで満たされる。14行ほどの短い作品だが、一度読むと、忘れられない。西田が創るウェブサイトも、ユーザーが「これはまるでひとつのメルヘンだ」と言ってしまうような、不思議なネット体験をさせてくれる。

 ウェブサイトを作る制作者は、裾野人口まで入れたら膨大だが、その中で、作家性を打ち出せている制作者はごくわずかだ。「作家性」は、アプリケーション・ソフトの中から生れてこない。制作者の個性や個人史の中からあふれてくる。西田はコンテンツの制作の根幹と個人史が、ぴたりと重なっている制作者の一人であり、だからこそオリジナリティあふれる世界観を打ち出すことができている。

 西田が生まれ育ったのは大阪吹田市で、「太陽の塔(岡本太郎)」が遺跡のように残る万博公園が遊び場だった。西田は小学校時代に落書きを描いていたノートを何冊も見せてくれたが、平仮名で「りか」などと表紙に書かれている勉強用ノートには、克明なタッチで、漫画の主人公や、迷路、ドラゴンクエストのダンジョン、空想上の街の情景などが描かれている。「今とやっていることがほとんど同じなんです」と照れたように笑う。

 確かに現在の西田にこのノートを渡し、「描かれているスケッチを元にして画像を作り、フラッシュで動かしてコンテンツを作ってください」といったら、何の違和感もなくPC画面上で浮遊する架空世界を作り出すだろう。逆に言えば、西田の頭の中だけに存在していたものが、デジタル技術で形を与えられるようになったのが、今のデジタル・クリエーション環境なのである。西田にとってフラッシュというソフトや、PC、ネット環境はそのための道具や手段であって、それ以上のものではない。

「ぼくは別にフラッシュ達人ではないんです。実際、何冊も技術書を読みながら、使い方を習得しています。表現したいものは、頭の中に明確にあります。それはユーザーがサイトの中で遊べるような空間です。コンテンツを見るとか、双方向性のやり取りをすることより、もっと空間の中に入り込んで、浮遊する感覚。見てカッコいいものよりは、体験して面白いもの、そこで遊んでいて楽しいものを作ろうとしています」。

 

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