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  ジョエル・スタンフェルド『Walking the High Line』Joel Sternfeld

  ☆☆☆

「マンハッタン、高架線、植物、黙示録、希望」

マンハッタン島。グリニッチビレッジの西側。ハドソン川に寄り添うように、使われなくなった高架線が残っている。再開発が検討された時、これを保存して公園にしようという市民運動が起きた。保存派の運動家は、この建造物の価値を示すために、地元の写真家ジョエル・スタンフェルドに撮影を依頼した。そしてできあがったのがこの写真集だ。A4変形横サイズ。1ページに1カットの写真。写真はほぼ同じアングルで、高架線の線路とその周囲の風景を撮影する。その場所に立って線路を正面にした角度だ。線路は、草花によって覆われていて、ほとんど見えない。ある場所はジャングルのように樹木が茂り、ある場所は淡く黄色の花が咲き乱れている。撮影は時間をかけて行われ、雪景色なども収められている。周囲の建物は古いレンガ造りのものが多い。人影はどこにもない。非常に静かな写真集だ。人類がいなくなってしまった後の都市の光景のようでもあるし、そこに自然な形で植物が生育している様が写されているので、生命の可能制、希望というものも感じ取れる。セントラルパークのような整備された自然ではない。野原のような場所。そこに伸びていく線路は、とても魅力的だ。印刷の素晴らしさも特筆すべきもの。


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  ドミニク・ペロー『WITH』Dominique Perrault

  ☆☆☆

「WITH」

ドミニク・ぺロー、今、最も注目している建築家の一人。安藤忠雄が東京大学で世界の著名建築家を招き、公開討論した。それが一冊の本になっている。その中で、レンゾ・ピアノ、ジャン・ヌーベル、フランク・ゲーリーらにまじって、最年少で最後に掲載されているのがドミニク・ペローだ。
この本『WITH』は、彼の出世作である「フランス国立図書館」プロジェクトの全容が収められている(それ以外のプロジェクトも豊富に収録されている)。各プロジェクトごとに著名建築家が文章を寄せている。ちなみに「フランス国立図書館」には、あの伊東豊雄氏が「Death of Form, Form of Death」というエッセイを書いている。ペローの建築の素晴らしさは、その明解さ、突き詰められたコンセプトの深さ、表現の大胆さにある。「フランス国立図書館」でも、建物は長方形の敷地の四方の角だけに建ち、ほとんどそのまま残された他の敷地(中心部)はうっそうとした樹木(森)になっている。もちろんこの「森」は、紙である「本」と響きあい、「図書館」というものを深く象徴している。その辺を指して伊東氏は、この建物を「死への建築」と形容している。この本の中で、冬、雪が降り積もった森と建物の写真など、素晴らしいページは多いが、何より「すごい」と思ったのは、ペローが提案した「フランス国立図書館」のプロジェクト模型の写真である。四方の建物は白木で作られ、ウ゛ォイドとなった中央部には、3本の枝がぽつんと置かれているのみ。伊東氏の仙台メディアテークの模型も素晴らしかったが、この模型も圧倒的な凝縮力と説得力を持っている。この1ページを所有するためだけに、この高価な本を買った。

 

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  伊東豊雄『風の変様体』

  ☆☆☆

「風の変様体」

建築家は思索家であり、文筆家であることが多く、世界の建築界のトップランナーたちの多くは「書くこと」「文章をメディアに発表すること」に対して非常に意識的で積極的だ(丹下健三のように、89歳になるまでまとまった作品集を作らなかった人もいるが)。だから建築関連には多くの優れた書物が存在する(磯崎新のように思索と文章があまりに先鋭的に卓越して、実作を凌駕してしまう場合すらあるが)。それらの中で、この伊東豊雄氏の建築論文集はもっとも素晴らしいものの一冊だ。丁寧で誠実な思索の跡が、明快で分りやすい文章でたどられていく。時間軸を追って展開される文章を読み進めていくと、1人の建築家がどのように建築と格闘し、実制作の中で思索を表現し、社会と対峙し、自己と向き合い、前に進んでいくかが感じられる。それは一種、感動的ですらある(伊東氏の現在の世界的な名声や活躍を知ってみるとなおさらだ)。本は、タイトル、目次と進み、最初の文章はこんな風に綴られている。「南青山の小さなビルの四階に1級建築士事務所を設けたのは三月の半ばである。設計事務所を設けたと言っても、菊竹事務所を辞めてから二年間の浪人時代と暮らしが何か変わったわけではなかった。二、三ヶ月先までしか仕事のメドが立たない状態はその後十年以上も続いたのだから、今想えばどうやってニ、三人のスタッフとやってこられたのか不思議な位である」。この文章の中にすでに伊東氏の文章に対する姿勢や、その魅力が十分に表れている。いってみれば、「建築思索私小説」的な趣がある。私小説的というのは、彼の文章の中にそうした記述が散見されることもあるが、彼が建築設計作業に入る時に、自分の底の底までダイブすることを恐れず、最深部で確かな手応えをつかむことから建築を出発させ、その作業を常に手放さないことから来る。そこがまた彼の文章を読み、彼の建築実作を体験する時の大きな楽しみになっている


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  レイチェル・カーソン『The Sense of Wonder』 Rachel Carson

  ☆☆☆

「センス・オブ・ワンダー」

日本版の『センス・オブ・ワンダー』の元になった本。日本版の『センス・オブ・ワンダー』を持っていて、値段も手ごろだったので、何気なく買った。ペーパーバックがくるのだろうと思っていた。届いたのはA4サイズ大判のハードカバー。写真も構成も素晴らしい。扉を開けると、紅葉した葉のカット写真。次のページは見開きで夕焼け雲(ここまで文字はない)。タイトルページと鳥の巣の写真。霧に霞む森の道、白樺林の深い下草。巻貝を手に持った人。レイチェル・カーソンの1ページ大のモノクロ写真。彼女の文章が始まる。それはたっぷり余白をとったページの真ん中にレイアウトされている。


「One stormy autumn night when my nephew Roger was about twenty months old I wrapped him in a blanket and carried him down to the beach in the rainy darkness.」

これが出だしの文章。夜の嵐の海に甥のネフューを抱きながら降りていくレイチェルの息づかいすら伝わってくる。この本自体が「センス・オブ・ワンダー」を表現している。日本語版は全体の構成を模倣してはいるが、この元本の感動に遠くおよばない。

 

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