「スラムダンク1億冊突破感謝広告」冒頭部分

 

◎暗号のような新聞広告


 2004年、日本は緊迫した状況下で年をあけた。戦後初めて自衛隊が戦闘地域へ派遣されることになり、1月から陸上自衛隊のイラク・サマワ駐屯が始まったのである。4月には日本人人質事件が発生し、ついに5月に取材中の日本人ジャーナリストが襲撃され被害者となった。日本国民は中東と日本、アメリカと日本、テロと日本などについて思いを巡らす時間が増えた。


 荒れた世相をいつも明るくしてくれるのは、スポーツの話題である。7月から8月にかけて中国で開催されたサッカーのアジアカップ2004。フィリップ・トルシエに率いられ前年優勝した日本チームがジーコ監督采配のもと、地元中国の日本バッシングの中で苦しみながら決勝戦に進み、3対0で開催国中国に圧勝。2連覇を達成した。その後のアテネ・オリンピックでも日本人選手は活躍し、金メダル16個を含む、37個のメダル・ラッシュを記録。朝のテレビニュースでアテネからの速報を知るたびに、日本中が湧いた。特に北島康介選手が、男子平泳ぎ百メートルレースで金メダル獲得直後に放った「チョー気持ちいい」は、強い印象を残しこの年の流行語大賞を受賞した。
 
 その2004年、夏。サッカーのアジアカップを胸のすく優勝で終えた翌々日、アテネ五輪が始まる直前の8月10日火曜日。一風変わった新聞広告が、全国紙5紙(朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日経新聞、産経新聞)と東京新聞、計6紙の朝刊に掲載された。


 いつも通りに新聞を読み進めていた多くの読者は、そこでふと手を止めた。文章で埋められているはずの新聞紙面一ページ全体に、大きくイラストレーションが掲載されている。文字はほとんどない。右肩にキャッチフレーズが一行。左下には「1億冊の感謝を込めて。井上雄彦」の一文と、URLが配されている。それ以外の説明的な文章がどこにもない、まるで暗号のような紙面だった。